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コンディショニングスペース BODY TUNING 結
大阪府三島郡島本町青葉3-8-8
  1. 体調不良になって思うこと
 

体調不良になって思うこと

2016/03/23 体調不良になって思うこと

こんばんは。

大阪は高槻市と京都府の間に位置します島本町にて整骨院を運営しています

結整骨院の院長、倉嶋です。

 

先週の水曜日(16日)から体調が思わしくなく、

翌日午後に、ついにインフルエンザと診断されました(笑)

 

23日(水)まで臨時休業、明日24日(木)より通常営業です。

 

突然の休診により、長い間本当にご迷惑をお掛け致しました。

 

インフルエンザの期間、色々考えることもありましたので、少し綴りたいと思います。

 

まず今回、本当にしんどかった!!

もうこのままダメかと本気で考え、会社の重要書類をすべて妻に預けようかと頭の中で準備していたのも

本当の話。

 

まず17日(木)午前中、長男の幼稚園の卒園式でした。

まだ熱もさほど高くなく、まさかインフルエンザとは思ってもいませんでしたので、

式に参加してしまいました。

今から思えば、周囲の方にはとんでもなく迷惑なことをしてしまいました。

申し訳ありません。

 

あまりに体調がすぐれないので、木曜午後で診察している病院を探し、受診。

結果、

インフルエンザB型でした。

 

人生初体験です。

 

インフルエンザと診断されたらまず、仕事をストップしなくてはいけません。

私は予約のチェックと予約枠の編集をします。

声が思うように出ませんので、妻にはご予約を頂いていた方に日時変更の連絡をしてもらいました。

 

妻の迅速な対応に本当に助かりました。

 

何とか対応が終わり、一週間の休診は長すぎるなぁとも思いながらも決断。

 

まぁ二日間くらいで熱が下がり、あとは事務仕事でもたっぷり出来るかなと切り替えました。

 

さぁ、そこからです。

 

40℃の熱との闘い。

 

ただひたすらに寝る。

 

寝る寝る寝る。

(はぁ〜、二日くらい寝続ければ、熱は下がり、あとはウイルスを出し切るのを待つだけ。

その間に事務仕事をやっつけてやるさ。)

 

2日寝て、3日寝て、4日寝て。。。

 

一向に熱が下がらない。

40℃のまま。

 

ついには、咳をすれば血は吐くし、何より体が痛い。

腰も痛い。

歩くことすらできなくなっている自分に気づきます。

 

あれ?えっ?

立ち上がることが出来ない。

 

うそやろぉ。。。

めっちゃしんどいし。

 

5日目からようやく38℃台まで熱が下がりました。

それでもまだ悪寒と震えは止まりません。

頭痛も消えず。

食事は少し摂れるようになりました。

 

6日目には座っていられるようになりました。

そして今日は、少し事務仕事でパソコンを打てるようになりました。

明日から仕事、気持ちを切り替えていっています。

 

しかし、まさかの長引きよう。

 

インフルエンザはこんな感じなのかもしれません。

今まで、不調という不調を味わったことがなかったから余計かもしれない。

 

いや、でも本当にしんどかった。。。

 

今までの人生でほとんど、痛い・しんどい・苦しい・つらい。

言ったことがないと思うくらい我慢の人だと勝手に思ってました。

 

それが、それがとてつもなくしんどい。

 

考えてみたら、開業してからの5年間まともに休んだ日はほとんどありませんでした。

それ以前にも4年間ほぼ同じ立場にあり、あまり休んだことがありませんでした。

 

もっともっとさかのぼり、

よくよく考えてみたら、

高校3年で野球部を引退してからまともに休んでいないことを思い出した。

 

高校3年の夏に野球部を引退したころ、春からスポーツトレーナーの専門学校に進学することを何となく決めていた。

春には百何十万の学費が必要だ。

さぁ、そこから始まった。

 

朝3時から7時まで新聞の朝刊配達

 ↓

学校

 ↓

夕方から11時頃まで寿司屋の配達バイト

 ↓

土日は寿司屋のバイトもしくは、

なければ工場バイト or 引っ越しバイト。

 

 

こんな半年を繰り返すと春には約100万円が貯まってました。

 

当然友人と遊ぶ時間はない。

学校でただひたすらに寝た。

寝てる奴、という印象だったと思う。

 

 

専門学校に入学しても、スポーツトレーナーになるための勉強をしに行ったのに

翌年の学費を貯める日々が始まります。

 

朝3時から7時まで新聞の朝刊配達

  ↓

専門学校

  ↓

夕方から寿司屋の配達バイト

  ↓

土日は工場 or 解体屋 or 引っ越しバイト

 

とにかく少しでも時給のいいバイトを選んだ。

そして休みの日は登録制のバイトで仕事をもらう。

 

どこに行くにも分刻みで移動しなければ間に合わないスケジュールを約2年間続けた。

 

勉強したくて学校に入ったのに、学校に行くお金を貯めることしか2年間出来なかった。

 

クラス会にもほとんど出席したことはなく、野球も諦めた。

 

人それぞれ、立場が違うからとくに周りをうらやましく思うこともなく、

 

自分はコツコツやるべきことを続けた。

 

働きだしたらもう連休はあまりないのが、当時の業界。

2年目からは夜間の学校に3年間スキルアップの為に通学。

この時は奨学金を最大限借りた。それでも特例で支払いを何分割にもしてもらった。

30分かけて自転車で通った学校にはギリギリまで働いて15分で通っていた。

 

一人暮らしをしていたので、

生活はいつもギリギリだったのを記憶している。

それでも何とかなっていたのが不思議なくらい。

 

色々ありすぎた子供時代を経験していたからか、

何もしんどいと思わない自分がいるのに気付いたのもこのころだった気がする(笑)

 

しんどい・痛い・苦しい・つらい。

こんなことを思ったことも考えたことも言ったこともほとんど記憶していない。

 

全部、こんなもんか!で済ましてきた自分がいた。

 

妻と結婚してからも修学旅行くらいしか旅行に行ったことがないことや、ほとんど遊んだ経験がないことに本当に驚かれた。

 

自分の中では、色んなバイトを経験したことや、そこでの先輩後輩のつながりは楽しかったので、苦しいと感じたことはあまりなかった。

 

人の何倍働くねん!!と周囲からはよく言われるが自分は昔からそんな感じなので普通の感覚だった。

 

考えてみると18歳からその感覚でただがむしゃらに働き続けたが、今回のインフルエンザでついにストップ。

 

本当に身体に危険を感じた自分がいた。

 

あ、そういえば、これまで立ち止まったことがなかったな、と。

もうそろそろいいかな。と、ふと思った瞬間があった。

まだまだだけど、少しくらいはアクセルを緩めてもいいのかな、と。

初めての感覚が沸き起こったことが不思議だった。

 

18歳から、もっと言えば幼少期から分刻みの生活をしてきたことを

もう終わらせてもいいのかなと思った瞬間。

 

なんだかわからないけど、肩の荷が下りた瞬間。

 

きっと今までの調子で働き続けてたら、とんでもないことが起こったんじゃないか、とさえ思う。

 

今新たに仕事で大事な局面を迎えているので、もう一度気合いを入れなければいけないが、

 

一瞬そんな気持ちになれた自分が不思議だったので、書き留めてみました。

 

さぁ、明日からまた患者さんのために、

家族のためにがんばります!!

 

インフルエンザありがとう。

まじでしんどかったよ。

 

しんどさのあまり、息子の卒園式のスーツ、上下違う色の組み合わせ着てたこと、

 

クリーニング出した時に初めて気づいたよ。

 

あ〜はずかし。